会社概要

共栄ゴルフの歴史

国産アイアン発祥の地といわれる兵庫県神崎郡市川町で創業六十年を迎えた当社は、六十年前に都会のゴルフクラブ需要を充たすべく、目立った仕事がなかった市川町に「共栄ゴルフ」として生まれました。
創業者・坂本環は、「何せ、若者の仕事場ができるということが近所の皆さんの希望の光になった」と語っている。
当時、土地の者達は農耕や林業で穏やかに生計を営んでいた。
若者の有り余る力を生かす仕事場ができる。そんな想いがあったと聞いています。
「共栄ゴルフ器具製作所」として歩み始め、三年後の昭和三十六年七月、作業場を広げるために移転。
屋号を「共栄ゴルフ工業株式会社」として法人化しました。
「最初にできた代物を見せたとき、大勢のお客さんが、農機具みたいなもん、こんなもん作って、人が競技に使えるのかと、コテンパンに叱られ笑われた」
と伝え聞いています。
此の地は農機具の鋤や鍬を創る鍛冶屋が多く営み、その風土を受け継ぎ、ヘッド製造が生まれたといわれています。

播磨風土記(七一三年)によれば、出雲大社に全国から八百万の神々が集まり、人々の縁組みの相談をされる。
その祭事に出される料理を創る包丁を研いで出雲へ出立したのが、小畑天満神社(市川町小畑)の神様であると書かれており、そして使われた砥石は、砥川山(現在の浅野の山・市川町浅野)で採れたことから、共栄ゴルフが此の地に生まれた要因であったと思われます。
そして、当社は研磨から事業を開始していきました。

加えて、姫路・飾磨港から生野鉱山を南北につなぐ一本の道「銀の馬車道」があり、さらに生野鉱山から明延鉱山・中瀬鉱山をつなぐ「鉱石の道」が続く。
鉄鉱石が運ばれた道の最中に尾形(市川町)が座しています。
即ち、鉱石が採れ、砥石が在る。当社が此の地に生まれたのは必然であったと考えています。
「良質の研磨は良質の鍛造品があればこそ。そして研磨の善し悪しは、その後のメッキにも表れる」
研磨の技を磨きながら、後に鍛造場を創り、そしてメッキ場を拵えた。
それが共栄ゴルフの一貫生産への歩みであります。

 

会社概要

社名 共栄ゴルフ工業株式会社
設立 1961年7月(創業1958年4月)
資本金 1,200万円
代表者及び役員 代表取締役社長:坂本 敬祐
取引銀行 但陽信用金庫 甘地支店三井住友銀行 姫路支店

みなと銀行 福崎支店

事業内容 ゴルフ用品の製造ならびに販売ゴルフ用具材料の製造ならびに販売

ゴルフ用具の設計ならびに開発

主要取引先 Boseironfactory Teshikaga Branch
ティーティーオー株式会社(GMA)
株式会社シングルB
軽撃区有限会社
朝日ゴルフ用品株式会社
ジオテックゴルフコンポーネント
マスダゴルフ
グラインドスタジオ
ライザップゴルフ
Aデザインゴルフ
MT GLOBAL
設備 栗本鐵工所製 鍛造機 フォージエース 1機
富士車輌製 鍛造機 フリクションプレス 1機
三井造船製 低周波電気炉 ピレッドヒーター 1機
冨士電子製 高周波誘導加熱炉 1機
新東ブレーダー製 ショット機 2機
チップトン製 300L振動バレル研磨機 2機
新東工業製 遠心バレル研磨機 2機
新東工業製 乾式バレル研磨機 1機
全自動ニッケルメッキライン 1機
自動式クロームメッキライン 1機
新東ブレーダー製 自動サンドブラスト機 3機
シャルミー テクノロジー製
放電機(FORM 2-LC) 1機